ポッピンあってのアニメーションじゃないっすか。
って、大学生のとき、友達の友達に言われて、えらく抵抗を覚えたのを思い出した。
後々調べたら、歴史的には確かにそうだったんだけど。
しかし、実の子どもでも、袂を分かった以上、親とは別物だぜって気分が強くある。
ポッピンから受ける印象は、どちらかと言えば。
カッコよく踊りたいとか。
決めたいとかカマしたいとか、いう類のものだ。
しかし、私が、踊りとしてのアニメーションが好きなのは。
普段の身体が持っている当たり前の動き、意味を解体して、より気持ち悪くなろうとする志向性をそこに感じられるからで。
踊ることによってカッコよく決めたいとか、カマしたいとかを、特に目標にはしていない感じがするからなのだ。
踊りを見た人には、できるだけ気持ち悪がってほしいとか、不安になってくれればいい、という意識を感じる。
そんな発想をポッピンの人はしないだろう。
だから、例えあんたが生みの親でも、一緒にされちゃ困るぜって部分がある。
最近キムタクのギャッツビー復帰でちょっと話題になってるけど、David Elsewhereとかは、その到達点のひとつですよね。
踊りに見出してるものが正反対だと言える。