今日、『SEVEN』ていう映画を見たけど。
「やたらに有難がるけど、人生に向き合うことは、お前が考えているほど良いものなんかね?」
って、ドガッと頭を殴られたような衝撃を受けた。
軽々しく向き合うと自分で言ってしまう、向き合えと他者に言ってしまうむごさ。
いいよ、向き合っても。
でも本当に真剣に向き合ったら、待ったなしの状況になるよ。
それは生きていくために、お互いを活かすために、どうしてもの場合以外は、慎重に避けるべきではないかね。
思えば、ここ数週間、人生に真正面から向き合い過ぎて待ったなしの状況にずっと居たんだな。
ほとんど自己虐待だった。
ブラックジョークじゃないけど。
危機的な状況であればあるほど、逸らせ逸らせってこと。
命懸けで遊ぶってのはそういうことかな。
遊ぶという行為自体が、軽い、余裕のある様子に見えても、いかに「待ったなし」の状況に入らないか、という点においては真剣そのものであるというか。
あそぼあそぼ~って思った。
ふざけてるとか、遊びがあるとかの効能を再び思い出し始めた。
帰ってこれたのかな、一応。
映画が劇薬的に効いたのかもわからん。
人生以外のことを、考えてあげて、自分のために。
人生に真正面からぶつかるのは本当に時々、しかも元気なときとか、否応なしのときだけでいい。
あとは遊ぼう。
思えば、思春期なども、そのあまりの悲惨さから目を逸らさないと生きていけなくて、音楽とか、お笑いとか、エロいものとか、そういうものに過集中していってたのではなかろうか。
遊んで、向き合わないことでなんとか命を繋ぐというか。
向き合うことって、ごくたまにじゃないと無理だよ。
普段は必死に遊びなさい。
優雅に遊びなさいな。
現実を、人生を見ないために、と自分に対して思った。