<4396>「所感(575)」

 森毅さんは現代人のことを空白恐怖症だというようなことを言ったけど。

 

 俺も大概その例に漏れない。

 

 なんか楽しんでるんじゃなくて、ただ時間を埋めようとだけして何かをやったり、どっか行ったりしてることがいっぱいあるんじゃねえの、と自分を見てて思う。

 

 

 金が増えたからそれが何なんだって気分があるうちは、大して金は貯まらないし、沢山ありゃ捨てるように使ってしまう。

 

 何か具体的な目標があって金を貯める人間は偉いし、そういった具体的な目標がなくても、

 

 「なんか皆貯金してるし不安だから数字増やさなきゃ」

 

 ぐらいのテンションで金を貯められる人間も偉い。

 

 俺はなんか増えてきたら捨てるように使ってしまう。

 

 

 圧倒されるぐらいの退屈、暇さにさらされることは大事だ。

 

 ポジティブな動機ではなく、

 

 「退屈すぎるんでなんかやらせてください!」

 

 って気持ちが勝手に出てくるので、圧倒的退屈はいい。

 

 適当に手近なもので埋め合わせないことが大事。

 

 子どもの頃からずっとそうだが、退屈すぎて、自分で、自分たちでなんか遊びを考え出さなあかんってのは、一生続くんだよな。

 

 大人になったらそれを考えなくてよくなるとかは、ない。

 

 ない。

 

 

 かといって、何でもは楽しめない。興味ないものはない。

 

 前までは、

 

 「何でも楽しみを見つけられる人が偉い」

 

 とか、

 

 「何でも興味を持てるポイントを見つけられる大人が賢い」

 

 みたいな言説に賛同してて。

 

 主張されていることは確かに真理、今でも正しいままなんだけど。

 

 俺あ、それいいや、降りるぜ、となってしまった。

 

 どう転んでも楽しくねえことはあるし、興味を一生持てないものもある。

 

 楽しめてやってたことも、褪せちゃうこともある。

 

 じゃあどうすりゃいいかって。

 

 さっき言ったじゃん、圧倒的に退屈してればいいよ。

 

 「すみません、退屈です、なんかやらせてください!」

 

 って叫び出したくなるぐらい、徹底して退屈してればいい。