<4390>「所感(572)」

 心の強さみたいなものは単一の強弱では表せない。

 

 曰くこの人は心が強い、この人は心が弱い、みたいに。

 

 事象とか構造に対して、各々ここが強いとか弱いとかが無数に重なっているものだと思う。

 

 一例をあげれば、私は、同調圧力みたいなもの、

 

 「普通はこうする」

 

 「普通じゃないあなたはおかしい」

 

 みたいなものには無類の強さを発揮する。

 

 ほとんど何も思わない。

 

 私がやりたくなければやらないし、やりたければどんなにおかしく見えてもやるっていう自分の中の核が定まっているので、全くそんなことでは揺らされない。

 

 流されない。

 

 

 ただ、その強みの裏返しみたいなもので、社会に対する信頼感、肯定感、親和性みたいなものが全然ない(だからこそ同調圧力を何とも思わない)から。

 

 何を積み重ねていても、積み重ねたそばから崩れていくような感覚があり(実際はそうでもなく、積み重ねにより支えられている部分が多いんだけど、それでもなおその感覚自体は残る)。

 

 自分を社会的に構築して、立場を上げて、だから何だ、という声にはずっと付きまとわれていて。

 

 せっかく積み上げたものでも、それが私的なものでなく社会的なものだったら、自分の利益になるものでもどんどん捨ててしまったりする弱さがある。

 

 実際は積み重なっているんだけど、この、何にも積み重なっていかないような感覚自体は、私が生きている限り一生続くものだと思う。

 

 これは結構きついが、その分裏返しの同調圧力に対する強さなどで得をしているので、まあ全体で見ればトントンかもしれない。