徹底的に居たくない人間が、今、おそらく旅の最終地点で、
「あくまでも居ること/居なければならないこと」
を仕事にしている。
なんという運命の皮肉だろうか。
居たくないを突き詰めていたら、こんな場所に着いていた。
居ることが強く要請される場所で、あくまでも居続けるためには、自分の嘘を限りなく減らしていかなければならない。
かと言って露悪に走るのではなく、ただ、虚飾を剥ぐ。
ただ、その場一回限りを凌ぐだけなら、大いにはしゃいでピエロをやればいい。
ある短期間だけそこに居るつもりならば、コミュニケーションが好きで、誰とも交わせる話題があって、楽しくて、愉快で、という人格をやればいい。
しかし私の実相は、核は、
「人に話したいことも特になく、雑談も別に好きではなく、人とただ集まっているのも別に好きではない」
というものになるのだから、前述したようにそれを露悪的に表す必要はないが、できるだけ実相に寄せた在り方を普段からすべきである。
それにより、もしかしたら、というか確実に人物評価は下がるかもしれない。
なんだコイツ、付き合いづらいと思われて嫌われるかも知らない。
でも、それでいい。
何故なら、私の目的は、職場で人気者になることではなく、あくまでも居ること、居続けることだから。
もういいんだ、社交術も、コミュニケーションのテクニックも。
そりゃ、それらによって上手くはなった。
何にも勉強しないよりは、社会的にマシな人間になったかもしれない。
でも、それじゃあ、長く居られないから。
フットワークが軽いように見せかけて、ただ逃げるように旅をする羽目になるだけだから。
もう、いいんだ、そういうテクニック。
要らない。
本当は話したくもなく、付き合いたくもなく、ライフワークの方が大事で、表現の方が大事で、労働なんか、ただ労働として経過できればそれでよく、これをやったら上に行けるよとか言われても、うるせえとしか思わない人間であることに、嘘をつかないこと。
まあ何回も言うように、それをわざわざアピールする必要もないし、露悪的に実相を打ち出してわざと嫌われに行く必要もない。
ここらへんは経験というか、上手い塩梅が必要。
無理に喋んない。
無理に微笑まないとか、そういうとこから。