<4376>「所感(564)」

 勉強。

 

 今居る地平から左右へずれるとか。

 

 現在時の平面に奥行きを与える作業なんだなと。改めて。

 

 今まではただ好きでやっていて、ちょっと飽和してきて、もういいよと思って休んだりしてたけど。

 

 そうやってもういいよと思ってやめてると、しばらくはそれで良いんだけど、あるときそのことによって道がぱたっと止まる感覚があった。

 

 

 また、勉強が何かのためじゃないって感覚がようやっと分かり出してきた。

 

 それによってどこかに辿り着くとか、辿り着くまでは全てさっと過ぎゆくべき過程なんだとか、そういうイメージではなくて。

 

 勉強という作業が作り出す空気、色合いというか。

 

 現実のなかに、1番呼吸がしやすい場所を、自己の勉強という動きによって現前させるというような感じ。

 

 なにかに到達するためではない。

 

 結果的にどこかへ到達するとしても、それは副産物であって。

 

 勉強している静謐な空間で自己自身を包むと、それがとても心地良くて、そのことによって私はまた現実のなかで生きていけるという、その空気作りとしての意義の方が勉強の本分に当たるんだ、ということを理解し始めた。