<4364>「所感(559)」

 所定の時間耐え得たうえであんたのテーマってのが出てくるよ。

 

 創造の本質ってのがね、って吉本さんは言ってたけど。

 

 多分幼少期から結ばれてて、今にまで届いている一番ドデカいテーマが、度々書いている「居たくない」ってことになるんだと思う。私の場合。

 

 

 「居たくない」を詰めていくと。

 

 ひとり居ることが、唯一の精神の足場。

 

 唯一の安らぎの城なんだということがはっきりし出した。

 

 だから、それが自分の中で変容していかないうちは、無理に社会に合わせて誰かを招びこまなくていいよこの絶対領域に。

 

 気が済むまでひとりで居て安心しよう。

 

 そこにしか自分の足場がないと理解すると安心して、肩の力が抜けていく。

 

 いずれは誰かを招ばなきゃ、でも内心では絶対イヤ!

 

 の葛藤を内部でやり続けてたときは本当にしんどかった。

 

 「居たくない」は、徹底すべき。

 

 中途半端に崩すと、また文句が出てくるから。

 

 徹底した結果、それが死ぬまで変わりませんでしたでもいいし。

 

 徹底した結果、突然逆に振れましたもそれはそれで良い訳だから。

 

 「居たくない」がメインテーマの間は徹底すべき。

 

 逆に言えば、この「居たくない」という足場が自分自身によって守られていさえすれば、仕事も、趣味の活動も、遊びも全部できる。

 

 

 女の人に対して、かわいいとかセックスしたいとかは思うのに。

 

 ずっと一緒に居ることとか、ある一定期間しょっちゅう一緒に居なきゃいけないことになるのだけは本当にごめんだってもう一方では思ってて。

 

 何をやってるんだ私は、私の欲望は何だ、矛盾してるじゃないか、って思うことが多かったんだけど。

 

 私の葛藤の意味、大きさとか。

 

 全ての不可解な動きの謎とかが、

 

 「絶対にひとりきりでいるということを守りたい、そこが守れないと壊れてしまう」

 

 という、私の核に繋がって、全ての謎が解けて、今はめちゃくちゃ安心している。

 

 自分の異常性やおかしみも、今や全て説明可能になった。

 

 そして世の常だが、こうやって自身の内部で完全に交通整理が取れると、その事実を知らしめたわけでもないのに、全くそのことについて訊かれなくなる、ということが起こるので、もうほとんどこれも訊かれなくて済むようになるのだろうと予想している。