<4347>「所感(548)」

 人のせいとか、こういうのが苦しい切ないとか、結局とか、人生は虚しいとか、そうやって安い物語に回収させようとしているとき。

 

 それは、自分の成した蓄積が自分に重くのしかかってるときであるっていう、分かりやすいバロメーターになってる。

 

 だから、これからどんどん重たくなるよ。

 

 しかし、それは誰のせいでもないよ。

 

 安い物語に回収させないよ。

 

 蓄積っていうのがただそういう性質のものであるってだけ。

 

 それら安い物語が全部フェイクであるというのを経過しきる時間→それが私にとってのイニシエーションの時間。

 

 これ結構朝一に多い。

 

 なんでこれに命を懸けてゆくんだろう。

 

 なんでなんでって、何にも分からない小さな子どものように、自分が1番自分に対して疑問に思うけど。

 

 そのたびに、自分が何によって命を守られてきたのかってことを確認するのが大事。

 

 命を守られてきたものには命で返すというか。

 

 私の命の使い方はこうだ、ということ。

 

 意味とか物語ではなく。