もう、とうに過去のこととして忘れていて。
普段はそこまで意識することもないのだが。
たまに思い出して。
ああ、私はかつて、表現が意地悪く笑われるたび、身体を小さくして、日常を通り過ぎていたな、ということを急に思い出したりする。
何故そんなことを急に思い出しているかと言うと。
絵にしろ、歌にしろ、外部と接続される表現場を得て。
ああ、同じ表現場を必要としている人たちは、私の、表現したいという想いを意地悪く笑うことはない、ということに、ふとした瞬間に思い至り、そのことに安心したりするからなのだ。
そういう表現場を必要とせない人々にとって、こんな欲望は、嘲笑して捨て去るべき類のものなのかもしれない。
しかしそういう表現場を必要とする私にとって、表現するというだけのことで、意地悪く笑われず、健やかに伸びていける場所というのは、貴重すぎるほどに貴重なのだ。
今後、関わる場が、私が、どのように変化していくかは誰にも分からない。
ただ、現時点では、自分で探していたにせよ、そのような表現場と偶然に、しかも複数巡りあえたことはこの上もなく幸せなことだと思えている。