<4295>「所感(524)」

 自分がそこに向かって努力した訳じゃないしな、とか。

 

 毎日をそれのために捧げてきた訳じゃないしな、という意識が強ければ。

  

 観戦にのめりこむことはできない。

 

 観戦は、いつもどこか遠い。

 

 年々遠い。

 

 なにやってんだよ、と選手に思わないこと、それは実際私は何もやってないし選手は死ぬほどやってるから、それは立派な態度かもしれないが。

 

 なにやってんだよ、と心の底から思えた方が、観戦自体は楽しいものになると思う。

 

 昨日の、ひとりで引き受けてやってる人が好きって話にも通ずるが。

 

 私は、多分に自身の可能性を信じていて。

 

 それがどこまでも遠くへいける類のものであることをも、確信している。

 

 それは、とても幸せなことなのかもしれない。

 

 自分を直接信じている、ってのともちょっと違って。

 

 掛け算の連続がもたらすもの、掛け算が到達する遥か先の景色を信じている、と言った方が近いかな、という気がする。

 

 嬉しいけど、その感慨は本当にひとりぼっちの感慨だ。