自分がそこに向かって努力した訳じゃないしな、とか。
毎日をそれのために捧げてきた訳じゃないしな、という意識が強ければ。
観戦にのめりこむことはできない。
観戦は、いつもどこか遠い。
年々遠い。
なにやってんだよ、と選手に思わないこと、それは実際私は何もやってないし選手は死ぬほどやってるから、それは立派な態度かもしれないが。
なにやってんだよ、と心の底から思えた方が、観戦自体は楽しいものになると思う。
昨日の、ひとりで引き受けてやってる人が好きって話にも通ずるが。
私は、多分に自身の可能性を信じていて。
それがどこまでも遠くへいける類のものであることをも、確信している。
それは、とても幸せなことなのかもしれない。
自分を直接信じている、ってのともちょっと違って。
掛け算の連続がもたらすもの、掛け算が到達する遥か先の景色を信じている、と言った方が近いかな、という気がする。
嬉しいけど、その感慨は本当にひとりぼっちの感慨だ。