<4260>「所感(508)」

 命を懸けてれば、それは。

 

 命を懸けただけの場所に到達するだろうな、という確信はある。

 

 その興奮たるや。

 

 生きてて嬉しいという感じ。

 

 ただ、その道中のほとんどは、何も変化がない時間が多くて。

 

 相当苦しい。

 

 自分の慣れた表現から逃れられなくて、ずっと同じ場所に閉じ込められてそのなかをぐるぐるぐるぐると回っているだけのような地獄の時間。

 

 吉本さんが、毎日机の前に居て書くことが大事だ、好きなときだけ書く奴は、それで食ってたとしてもアマチュアだ、と言うんだけど。

 

 この、変化のない、苦しい時間のほとんどを、何とか耐え得ることが、本当にとんでもない場所に到達するか否かのメルクマールなんだなあってのを肌で実感する。

 

 これを読んでる人も、私自身も。

 

 私がとんでもない場所に立っているイメージを、現在時において持つことはほとんどできないだろうと思うけれど。

 

 私は、この持続が、とんでもないところへ通じているという確信が、自身のうちに湧き上がるのだけは感じ取ることができます。

 

 長い長い苦しい道のりを経て、ごくたまに、慣れた表現からひょんなきっかけで抜け出られ、新しい表現の道が伸び始めたときの、あの異様な嬉しさ。

 

 この一瞬、というか何日かがたまにあるからこそ、やめられないんだよな。

 

 もちろん、そんな一瞬が今後二度と訪れないとしても。

 

 それでも私は死ぬまでやりますがね。