<4258>「所感(507)」

 じっと、その場に居てみること。

 

 苦手でも、上手くなくても良いので。

 

 人間と、人間が、同じ時間を重ね合わせる。

 

 そのことの効能について、ゆっくり、ゆっくりと気がついていくこと。

 

 自分に許可を出していないのは、他人ではなく。

 

 居ない、居られないという判断をして、離脱してしまう自分自身なのだということ。

 

 

 大欲は無欲のごとし。

 

 私には、一目見て分かる反抗期はなかった。

 

 何故なら、もっともっと小さいちびすけの頃から。

 

 もっともっと特大の拒否を、ここまでずっと、絶やすことなく携えてきたからだ。

 

 私という人間の気味悪さ、他者からみて不満な部分は、全てここから発する。

 

 仕事というのは、究極は社会の中に居ることだと理解し。

 

 学校などのコミュニティは、最初からそれを教えていたな、と。

 

 学校という機能の意味も理解し。

 

 私という人間の、見えにくい特大の悪意、特大の反抗にまで思い至ることと相成った。

 

 人生は大きい。

 

 全ての問題の答えが、1番最初にあり。

 

 それらのヒントや、伏線や、答え合わせの材料が、いたるところにばら撒かれている。

 

 私は奔放な遊びのあと、それらをそっと拾い。

 

 最初の場所からは、実は一歩も外へ出ていないのだけれど。

 

 それでも、随分遠くまで来たな、と思えるようになっている。

 

 

 特大の拒否、特大の悪意、こんな形で生まれざるを得なかったことに対する、反抗の力の大きさ。

 

 自分でも、時折どう扱ったらよいのかが分からなくなる、大きな才能、大きな足枷。

 

 この悪魔的なもの。

 

 私は、それらを決して手なづけ切ることはない。

 

 偉大すぎる力のゆえ、翻弄されることも、これから何度もあるだろう。

 

 ただ、私は私のままならなさ。

 

 そのままならなさのまま、ここまでついに生きてきた末、一応の答え合わせを得た。

 

 答え合わせを得たら、悪魔的な才能は制御できずとも、その答え合わせの1枚の薄手の皮を、私と悪魔とのあいだに挟み得、少しだけ距離を取ることができる。

 

 

 朝から夜中にかけて。

 

 様々の人と会い。

 

 人と一緒に居ることが、不思議と全く苦痛ではなかった。

 

 今までの様相とは違う、この時刻この1日に。

 

 こういう締めくくりをできる人生に、私は少し入った。

 

 私の人生の仕事は、人と、社会と一緒に居ること。

 

 そう思う人間が、社会のなかにひどくしずかに、しかし満たされた状態で、今ここに存在する。