<4240>「所感(498)」

 執念てのは、自分でもよく見えない。

 

 普段は特に見えない。

 

 だから、執念なんて私にはひとかけらもないんじゃないか。

 

 なんて思ったりもする。

 

 

 今日、ちょっと仕事から帰ってきて、相当眠かったので、軽く仮眠した。

 

 タイマーをセットして、20分ぐらい。

 

 まだ、文章は書いていなかったし、上げてもいなかった。

 

 寝始めて、10分ぐらいで、冷や汗をかきながら、飛び起きた。

 

 今日まだ、何も書いてない。

 

 もしこのまま、ずっと眠ってしまったら・・・。

 

 

 最近、スランプだと思うことが多い。

 

 もう、なんとなく飽きたとか、身が入らないとか、そういうこと。

 

 自分は別に、こんなことに興味を持っていないし、やる気もないんじゃないかって。

 

 そういう思いが、間違いであるってのが分かる出来事は、非常時の一瞬にしか起こらない。

 

 自分の、底の底の執念が、おそろしく強いってことは、普段自分自身ですら全く見えていない。

 

 そういう出来事にぶつかったとき、人間という器の、底の深さを想う。

 

 

 普段は、こういうことに、こういうことってのは書くことに、命を懸けたという言葉の意味が、全く見えていない。

 

 命なんて、全く懸かっていないし、お前は大袈裟な馬鹿者だよ、というふうにすら感じる。

 

 しかし、底の底のどん詰まりまできたとき、初めて。

 

 ああ、俺は本当にこの作業と心中しようとしているんだな、ということに気がつく。

 

 こうやって書き残しているけど、多分寝て起きたらまた、それら非常時の心はまったく忘れた「普通っぽい」人間に戻る。

 

 

 外部からよくもらう「仏のよう」「穏やか」という私のイメージと。

 

 私の内界の様相とは、普段は上手く一致する。

 

 確かに、内界は全くの凪で。

 

 何も目立ったものはない。

 

 ただ、忘れた頃に、とんでもない悪魔的、怪物的なエネルギーが、自身の内部に吹き荒れて。

 

 ああ、そうだった、私にはこれがあった。

 

 仏でも、穏やかでも何でもない化物だったことを、久しぶりに思い出す。

 

 そういうルーティンというか、巡りで生きている。

 

 底の底の執念や、悪魔的なエネルギーは、私でありながら、私を超えている。

 

 だから、そこから力をもらうこともできるけど、それに完璧に翻弄されもする。

 

 なすすべがない。

 

 それが去ると、私はまた、穏やか一辺倒で、仏のようだ。

 

 確かに、周りから言われる通り、私はそういう人間なんじゃないか、と思えたりもする。

 

 

 山本陽子さん!

 

 また呼び掛けてしまった。

 

 私はあなたに比べて、より俗にまみれていますので。

 

 私のこの執念を、最後まで貫き通すためなら。

 

 貫き通すために、コミュニティ内に居ることが必要なら。

 

 私は、社会に居るつもりがありますという、あらゆる嘘をつく用意があります。

 

 それまでは本音だけで生きていこうとしていたんですが。

 

 あまりにそれはピュア過ぎました。

 

 私は平気で、付き合っている人がいるし付き合いたいし。

 

 結婚も考えて動いています、という嘘を。

 

 今度から平気でつこうと思います。

 

 自分の本音を通して、居られずに倒れるより。

 

 自分の執念を通すことを取ります。

 

 私は、純粋さを捨てることに対する恥は感じますが。

 

 それよりも、通したい我があります。

 

 山本陽子さん!

 

 存在しないものとしての連帯に。

 

 私はもう混ぜてはもらえないかもしれないほど堕落しましたが。

 

 私はこの執念、大きな欲望を通すためなら、何でもします。

 

 1日先へ行くほど、人生をやるのが上手くなり。

 

 化物への道も、1歩深くなっていきます。

 

 時々とてもこわいですが、恵まれています。