<4232>「所感(495)」

 実際はそうじゃないんだけど。

 

 ひとつひとつのタスクがどうだ。

 

 できるか否か。

 

 習得したか否か、みたいなことは。

 

 一旦全部脇の方へ置いてしまう。

 

 

 そうではなくて。

 

 本当は違うんだけど。

 

 あなたは、現場に居ることが仕事です。

  

 なるべく人と一緒にいること、話すこと。

 

 それが仕事で。

 

 毎日毎日飽きもせず、ただそこに居ることに対して。

 

 あなたの場合お金が発生していますと。

 

 これは事実とは完全には一致しないんだけど。

 

 自分のために、そう思おうってこと。

 

 そう思うと、苦痛なのも納得できるし。

 

 苦痛だと納得したまま、居ることを実行することができる。

 

 得てして、人間は1番苦手なことで、金を稼ぐものではないのだろうか。

 

 私が社会からお金をもらえるとしたら、それは留まり料みたいなことで。

 

 留まらないのは自由だけど、確かに風も吹くけど。

 

 金は入ってこないし、沢山出ていくし、そもそも段々その、移動することによる効果みたいなものも逓減してしまう。

 

 居ると、居る時間が長くなると、沢山もらえる。

 

 長く勤められる人をただそれだけの理由で大尊敬するようになったと何度も書いているけど。

 

 頭数として何年も計算が立つ、ということは、とんでもなく価値のあることなんだ。

  

 居るってことが1番の仕事なんだ。

 

 技術も大事だが、技術云々よりも、頭数が揃わないことの方が、ダメージがでかい。

 

 そして、そこにお金が、もっと言えば他の場合より多くのお金が発生する以上。

 

 居ることによって苦痛料をもらっているようなものなのだ。

 

 1番はそこに対してお金が発生しているということを、よく見つめながら。

 

 居るということを、1番の仕事として探求してみよう、という気持ちになってきた。

 

 前も書いたけど、ちょっとこう思える時点でだいぶ元気になってきてます。