前にその、人生は始まりから終わりへの線と。
終わりから始まりへの線と、二本同時に走っているってことを書いたんだけど。
終わりから始まりへの線は、答え合わせの道行きだ。
エンドから始まるから、既に答えは最初から全部あって。
小学生ぐらいのときに、もうそれらを全て掴んでいる感覚がある。
遠くまで来たけど、お前が直感してた通りだったよっていう。
まあもちろん、実際に経験するとしないとでは大違いなわけだけれども。
それでも掴んでるは掴んでる。
お前がまだちっせえ子どもだったときに。
ここには何もないってことを、完璧に把握してた。
それはやっぱり、遠くへ来てもそうだったよ。
だから、なんか創造して、足してかなきゃいかんのだろうね。
物作りとか芸術だけに限らず。
全領域で人間の創造性が必要なんだ。
退屈してるのは、年取ってるからじゃないんだよ。
それはもうエンド、終点の意識で。
終点に居る意識ってのは、小学生の頃にもちゃんとある。
多分人間の、普遍的な意識なんだ。
だから、あるものでなんか遊び始める。
あるものでなんか、作り始める。
それが人間なんだ。
小学生の頃に、ありえない商品の広告とか。
起こり得ない事件が乗った新聞とか。
架空のカードゲームとか、作ってた瞬間って幸せだったね。
なんかね、大人になってもあたしあなたとおんなじことしてるよ。
退屈なんだよね、死ぬほどね。
なんかやってないとね。
だから作ってんだよね。
別に作ったものがどうとか、そんなんないよ。
それにのめってると、なんとかやってけるってだけのことなんだよね。
それは年取っても変わんなかった。
若かろうが老いていようが、この問題、終点意識は普遍だから。
ずっと変わらないんだ。