<4216>「所感(487)」

 前にその、人生は始まりから終わりへの線と。

 

 終わりから始まりへの線と、二本同時に走っているってことを書いたんだけど。

 

 終わりから始まりへの線は、答え合わせの道行きだ。

 

 エンドから始まるから、既に答えは最初から全部あって。

 

 小学生ぐらいのときに、もうそれらを全て掴んでいる感覚がある。

 

 遠くまで来たけど、お前が直感してた通りだったよっていう。

 

 まあもちろん、実際に経験するとしないとでは大違いなわけだけれども。

 

 それでも掴んでるは掴んでる。

 

 お前がまだちっせえ子どもだったときに。

 

 ここには何もないってことを、完璧に把握してた。

 

 それはやっぱり、遠くへ来てもそうだったよ。

 

 だから、なんか創造して、足してかなきゃいかんのだろうね。

 

 物作りとか芸術だけに限らず。

 

 全領域で人間の創造性が必要なんだ。

 

 退屈してるのは、年取ってるからじゃないんだよ。

 

 それはもうエンド、終点の意識で。

 

 終点に居る意識ってのは、小学生の頃にもちゃんとある。

 

 多分人間の、普遍的な意識なんだ。

 

 だから、あるものでなんか遊び始める。

 

 あるものでなんか、作り始める。

 

 それが人間なんだ。

 

 小学生の頃に、ありえない商品の広告とか。

 

 起こり得ない事件が乗った新聞とか。

 

 架空のカードゲームとか、作ってた瞬間って幸せだったね。

 

 なんかね、大人になってもあたしあなたとおんなじことしてるよ。

 

 退屈なんだよね、死ぬほどね。

 

 なんかやってないとね。

 

 だから作ってんだよね。

 

 別に作ったものがどうとか、そんなんないよ。

 

 それにのめってると、なんとかやってけるってだけのことなんだよね。

 

 それは年取っても変わんなかった。

 

 若かろうが老いていようが、この問題、終点意識は普遍だから。

 

 ずっと変わらないんだ。