話したくないってことと。
居たくないって思いは際の際まで感じ切った方が良いな。
そうして、底の底までその気持ちを感じきって。
あれ、別にそうでもないんじゃない?って場所に出たい。
そういう場所に出たい、という気持ちが出てきたということは、話したくない居たくないって思いの底に。
別にそこまで嫌なことじゃないんじゃないの、って意識が埋まっていることを意味する。
そうなのか。
子どもの頃に、あのね、私はね、って人間が、私のなかに居て。
それはあるときパタっと、何かのきっかけがあった訳でもなく、深くに畳み込まれてしまった。
自分は別の世界の人間である、という意識が、その頃徐々に浸透してきていたのかもしれない。
今でも、それは私の核であるから、居たくないし、話したくないんだろう。
でも、世界へ向けて、開いていた部分が、私の底の底の方にはあるらしいんだ。
何とかこの化物のような内的世界と。
世界へ向けて開いている部分とが。
共存できないものだろうか。
この相反するものが。
同じ表面に。
同時に顔を出していることは不可能なのだろうか。