<4199>「所感(479)」

 ちょっともうひとつ。

 

 追加でもうひとつだな、今日は。

 

 

 ものを書くことは、命を削ることだ。

 

 ってよく言いますよね。

 

 あれなんか、今まではよく分かっていないというか。

 

 ただただかっこういいから、ちょっと使ってみているというか。

 

 そんな程度の認識で。

 

 内心では、別にただ書いてるだけのことで命なんて削れないっすよ。

 

 削れようがないっすよ、ぐらいに舐めて考えてたんだけど。

 

 

 最近。

 

 もう外面に疲れて。

 

 反動で、本当のことしか書きたくないってなってて。

 

 それは、何にも社会と一致するところなんかない。

 

 何にも善性と一致するところなんかない。

 

 ないけど、これはもう、小学生ぐらいから変わらない、私の本音。

 

 私の魂だ。

 

 と思って書いて、書き上げると、もう、その後はぐったりと疲れていて、何にもできなくなっていたりする。

 

 人間生活なんか、どうでもよくなるほどに、ぐったりと。

 

 こういうところへきて、最近初めて。

 

 書くことが命を削るという言葉の意味の一端が、少しだけ分かるようになった。

 

 ああ、私は、嘘が嫌いで、本当を訴えるという仕事のなかに居て。

 

 少しずつ少しずつ、私の心身というものを、削るようにして、生きているんだな。

 

 そういうことの、まだまだ全貌ではないけれど、入口の感慨みたいなものは、掴まえられるようになってきた。

 

 じゃあ、やめるかと言われれば、やめない。

 

 私はこの作業と心中すると決めてしまったから。

 

 それはもう、小学生ぐらいのころにほのかに萌し始めていて。

 

 22ぐらいのときに、完全に決めてしまったことなのだ。

 

 私は今後もずっとこのようにして。

 

 同じように、自分という人間を削っていきます。

 

 それを、見ていてください。

 

 完全に起き上がれなくなるまで、これをします。

 

 これに、捕まってしまって、離れられないし。

 

 離れたくないのです。

 

 業なんでしょうね、どうしようもないほどの。