<4198>「所感(478)」

 存在しない人間の謎。

 

 あたしも含めてだよ。

 

 存在しない人間には親しみを感じられて興味を持てるんだけど。

 

 こうじゃないかってのは大体投影になっちゃうから。

 

 私に限って言うと。

 

 社会にそのまま提出できる内界ってのは持ってない。

 

 だから、外界と内界ではまるで違う顔をする必要がある。

 

 すると、外界と内界分の距離が出来る。

 

 それが、いまいち生きてても喋ってても「ここに居ない感」を作るのではないだろうか。

 

 

 よく、本音を出してくれとか、素を出してくれ、なんて話があるけど。

 

 そこで必要とされるのは、俺だって苦しいとか頑張ってるとか悔しいとか。

 

 何かがものすごい嬉しいとか。

 

 ああ、こいつも人間なんだなあ、って感じられるきっかけに足るものでしょ。

 

 つまり、それに沿った本音が欲しい訳だ。

 

 

 でも、私が憚らずに本音を言うならば。

 

 底の底では何にもやりたくないし何にも興味ない。

 

 あなたと話したいことはひとつもないし、あなたに興味がない。

 

 貞操観念も倫理観もないから守ってる風に見せているだけで底の底では放逸であることの何が悪いかが分かっていない。

 

 居たくない。

 

 意味を持った言葉の並びを憎んでいる。

 

 訳の分からない言葉の並びの方が自分自身に近い気がする。

 

 

 とかになる。

 

 そんな本音をした人間と、どうやって付き合う?

 

 社会は、一緒に過ごそうって言ってくれる?

 

 言ってくれる訳ないんだよ、だから外界の顔は別で必要なんだ。

 

 

 そして、だから書くんだろうね。

 

 パブリックイメージと、内界の差が大き過ぎて苦しいから、ずっと書くんだろうね。

 

 良いお父さんでも。

 

 仏のような人でも。

 

 ないんだよごめんね。

 

 私は何にも思っていないし、何にも興味がないから。

 

 良いお父さんとか、仏とかいうイメージを当てはめる余白がつい見つかるだけなんだと思う。

 

 そして、そのイメージはあたしの実相とはかけ離れている。

 

 家族に対する理想や良いイメージ自体が、ない。

 

 内界はそうだ。

 

 本音の本音はそうだ。

 

 だから人と話してると、なんか騙しているみたいで途中からヤな気持ちになる。