<4179>「『THE DAY~やがて、伝説と呼ばれる日~』」

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 美しかった。

 

 あまりにも、あまりにも美しかった。

 

 あまりにも美しいものを見すぎた。

 

 世紀の一戦後、静かな感動が、私の中で止むことなくずっと続いている。

 

 

 全てが神聖だった。

 

 会場もその、2人の神聖さの膜に、すっぽりと包まれているような。

 

 5万5千人が、その一挙手一投足に、ため息を漏らしたり、息を詰めている空気が、画面のこちら側にまで伝わってくる。

 

 5万5千人が息を詰めている、その圧力が伝わってくる。

 

 1ラウンドから12ラウンドまで、1秒たりとも目が離せなかった。

 

 こんなに時間を忘れて何かに見入ったのはいつ以来だろう。

 

 なにかであっただろうか。

 

 ちょっと、これに類似した興奮を、今は思い起こすことができない。

 

 

 血を見せてくれよ。

 

 熱狂させてくれよ。

 

 たぎらせてくれよ。

 

 それが、世界最高峰の一戦だろ。

 

 そういった類の自分の興奮が、1ラウンド開始を告げるゴングの後、僅か数秒でかき消えた。

 

 2人は、笑顔だった。

 

 とてもとても純粋な、綺麗な笑顔をしていた。

 

 特に中谷さんは、子どものような、ここに居られることが嬉しくてしょうがないような、満面の笑みだった。

 

 相手を舐めてたり、ビビらせようとして浮かべる笑みじゃない。

 

 こんな場所に辿り着けるんだ、と知った人間の、純粋な喜びの顔。

 

 解説の人が、この笑顔を見て、羨ましくてしょうがなさそうにしていたのが、忘れられない。

 

 ずっと、内面では孤独だったんだろうか。

 

 自分の命全体を懸けて、やってきても、いまいちその手応えの底みたいなものに当たらない。

 

 あまりに強すぎるというのはそういうことで。

 

 この日やっと、中谷さんは求めていたもの、その底に手が触れたんじゃないか。

 

 そう思わせる笑顔だった。

 

 対して、満面の、というよりは、ちょっと照れ笑いっぽい井上さん。

 

 井上さんも、こういう相手に出会えて、内心では嬉しくてしょうがなかったろうけど、やはり、背負わされているものの多さ、重みが違うので、子どものような笑みというところまでは行かなかったのではないか、と私は想像した。

 

 

 1回きりだから良いんだろう、いや、ライバルなら何度対戦したって良い。

 

 どちらの声もあるが、私は後者の側に立つ。もう1回このカードを見たい。

 

 素人で、勝手なことを言うようであれだけれども、もう、お互いにとって、お互い以上の選手って存在しないんじゃないか、と思うから、というのが主な理由だ。

 

 井上さんという、偉大過ぎるチャンピオンに牙を剥いて、押し込める唯一の人じゃないか、中谷さんは。

 

 井上さんは、牙を剥かれようが今まではポンポンと跳ね返してきたはず。

 

 

 中谷陣営の作戦は見事だったな。

 

 序盤は、井上さんのパンチを警戒して、一発のカウンターに懸けているように見せかけ。

 

 その実、それは過度な情報インプットをさせないためと、後半に牙を剥くためだった。

 

 中谷さんの後半の迫力痺れたな。

 

 あれは、獲物を仕留めにいっているときの、獣の迫力だった。

 

 だが、井上陣営はもっと見事だった。

 

 あれだけの強敵を前にして、冷静にポイント計算を最後までし続け、中盤に中谷さんが迫ってきたところでは、一発で沈められるリスクを考えて、ポイント自体を捨ててもいい、それでも最終的には上回れる、と考えて戦っていたのだから驚きだ。

 

 自分以外の、無数のものを背負っている。

 

 他のボクサーとは背負っているものが一段も二段も違う人の、計算され尽くした、覚悟の勝利だった。

 

 最終的にポイントは2ポイント差から4ポイント差ほどで、これは、いわゆる、薄氷の勝利と呼ばれるものなのかもしれない。

 

 だが、「現時点では」(あくまでも現時点では、だが)、何度やっても井上さんが勝つ、薄氷の勝利だったと思う。

 

 薄氷は薄氷でも、これは、どこの氷のどの部分なら割れないかを完璧に把握している人が起こした勝利だ。

 

 そういう戦いに見えた。

 

 

 この試合を見て、私は、そもそもの人間とか、生きるとか、そういうことに対しての考え方が、根本から変わってしまうような衝撃を覚えた。

 

 人間というもの、歳を重ねていくごとに、自分のなかの何かを折り畳んで、奥にしまって、見えないようにして。

 

 そうやって普通に過ごして、普通に何事もなく終わる、それが一番なんだと、どこかで自分に納得させようとし始めていたところに、音のない雷が落ちて、突き刺さったようだった。

 

 人間って、こういうところまで行けるんだ。

 

 こんな高みにまで、出られるんだ。

 

 あんな、美しさの極致みたいな場所に。

 

 何かを突き詰めていたら、こういうところに到達して、いつの間にかこうやって生きられていて。

 

 同じように何かを突き詰めていた人間と、こうやって笑い合うところまで、到達できるんだ。

 

 今に見てろとか、悔しいとか、暴力的なまでの獰猛さとか、闘志とか、そういうものが、全部合わさって、全てが、無邪気な子どものような笑顔に昇華される、あの空間。

 

 ああいうところに、人間は出られるんだ。

 

 年齢だとか、そろそろ老いてくるだとか、そういうことで、ぐにゅぐにゅして、小さくまとまろうとしていた自分を、私は捨てる覚悟を持てた。

 

 私の人生のなかで、色々な格闘技を見てきたなかで、昨日が確実にベストゲームだった。

 

 昨日の試合は、無数の人間の、一生自体を変える力を持っている。

 

 あの、本物の笑顔。

 

 いつかああやって、同じように私も笑いたい。