<4169>「所感(466)」

 遠慮と厚かましさのあわいで。

 

 私はテーマテーマと言いたがるのが癖なのでもうテーマで飽和してるんだけど。

 

 テーマには長年付き合うものとか。

 

 すぐに解決されるので一週間ぐらいの付き合いになるものとか。

 

 まあ他にも期間のバリエーションはいろいろあるんだけど。

 

 次々に大小のテーマが出てくる。

 

 最近のテーマは当事者性とお客様性で。

 

 私は当事者になりすぎるかお客様になりすぎるかっていう良くない癖を抱えている。

 

 お客様になりすぎると何が良くないかと言うと。

 

 ここは私の場所ではないから、と思い過ぎることを招く。

 

 確かに、その感覚は間違いではない。

 

 身体も借り物、生まれて経過して、使わせてもらう場所も。

 

 たとえ自分が所有権を持っていようが、元々自分のものではない。

 

 みんな結局は死んで手放すもの、返すものだから。

 

 ここは私の場所ではない。

 

 どこも私の場所ではない、って考え方、意識は間違いではない。

 

 間違いではないけど。

 

 場所は、それと同時にあなたが何かをするための場所でもあるんだよ、というのを、私という人間はもう少し私のなかに容れてもいいかも。

 

 それだとなんか付き合いとして、生まれとして、さびしいしつまらないだけだよ、という感覚も、あるにはある。

 

 極端なんだよな。

 

 どっちかに寄りすぎる。

 

 中庸ってことを、考え出すようになるよねやっぱり。

 

 あなたの場所じゃないよ、でもあなたが何かをする場所でもあるよっていう。

 

 矛盾するようで両立する話。

 

 矛盾しながら同居しているという話。