<4166>「所感(465)」

 説明できる内容とメンタリティが整うともうそのことについては訊かれなくなるという、この人生の不思議。

 

 あるある。

 

 訊く人も、別に意地悪ではないんだろうけど、まごつくだろうけわいがあるから突かれてしまうところはある、というか。

 

 そのまごつきの予感みたいなものが質問を招びこむというかで。

 

 エラーコミュニケーションを使って揺らしたいってところがあるんだろうね。

 

 でももう、自分のなかで整理が済んでて、真正面から構えられちゃうと。

 

 そしてその空気感が出ちゃうと。

 

 自然と訊かれなくなる。

 

 質問事項に関わる、その方面での成熟っていうのは、口にしなくてもほんのりと伝わるものなのだろう。

 

 

 今日もまた、歌のレッスンに行って。

 

 まだちょっと裏声は完全復活とは行かないんだけど(なが~)。

 

 歌を歌うということに際し、他を圧倒するとかコンプレックスを技術によって払うとかの、そういう要らないものたちがスコンと落ち切ってるのを確認できてとても気持ちが良い。

 

 風が吹く感じ。

 

 身体が、よりいい音を鳴らせる場であればいいな。

 

 そしてその響きが、他の人とも共有可能なものでもあるといいな、という感慨の場所まで。

 

 私は来ている。

 

 これは地味だけど大きな進歩ではないだろうか。

 

 身体にちゃんと音が響いてビリビリ鳴ってるのはそれだけで気分がいいものです。