<4157>「所感(461)」

 エクスプレッション。

 

 エクスプレッ、ションね。

 

 自分を十全に表現しきるってことが、何においても重要。

 

 ましてや自認が表現者ならば。

 

 遠慮してると、何の表現にもなってない、小さい。

 

 ただ、自分がダダ漏れしたものは、臭い。

 

 自分自身でも臭い。

 

 十全に表現しきるってのは、だから自分が自分が、で押していくってことではないのだよね。

 

 十全に表現しきるってのは、何だろう。

 

 例えば、空間に居て、俺が俺が、で押していくと、それは目を背けたいものになる。

 

 空間に居て、例えば、空間なんて知らねえっすよ、俺なんて知らねえっすよってとこまで行った、人間のリズムが徐々に見ているものを巻き込むっていうような在り方。

 

 そう、俺が俺がだと、周りの人がグルーヴする余地がない、今私は歌っている場面なぞを思い描いています。

 

 人間なんて知らねえっすよっていう波が、見ている人、触れている人にも伝わって、段々双方が乗ってくるというような、今私はセックスしている瞬間などを思い浮かべていますけれども。

 

 そういう、人がうっかり乗っかれる身体になりてえな、表現者としての在り方としてはそれが最高じゃないの、今私はそれが行ききると新興宗教じみる、ということなぞを考えていますけれども。

 

 自分が発した、自分なんて私は知らねえっすよっていう波が、人にも伝わって、人もまた自分なんて知らねえっすよ状態に入る。

 

 それが、人間が、場が、十全に表現されきったっておそらく状態で。

 

 それは最高に気持ちいい。

 

 危ない欲望だけど私は生きてるんだから表現者としてそこまで行くといいな。

 

 って思う。