<4146>「所感(456)」

 変な、現実にはそぐわない、ありえない二択を用意する。

 

 自分の欲望とか幸福を確認するために。

 

 前者は、自分がどんどんみすぼらしく、醜くなっていくのに、それと反比例するように女の人には日に日にモテるようになっていく。

 

 後者は、自分が日に日に引き締まり、かっこよくなっていくのに、女の人にはどんどん見向きもされなくなっていく。

 

 どちらかひとつしか選べないとしたら、あなたはどちらを選びますか。

 

 私は、迷わず後者を選ぶ。

 

 つまり、私の幸福の矢印は内向きなのだ。

 

 なんとなく、うっすらと分かっていたことではあったけれど。

 

 他人に褒められても、求められても、全く満たされない。

 

 求められている数が多いと満足するという感情が、どこにも見当たらない。

 

 一方で、自分が自分で決めたことを達成する、理想の状態に近づくと、ものすごく満足する。

 

 おそらく、私の場合、外発的動機が死に絶えている。

 

 普通、外発的動機のメリットデメリットって、効果はあるけどそれだと長続きしないよ、ぐらいの文脈で使われるものだと思うけど。

 

 私は多分外発的動機自体がごっそりないので、そもそもの短期的な効果自体が得られない。

 

 こういう変な仮定をしてみて、はじめてよく分かったんだけど。

 

 褒められても何も思わなかったりするのは、どっかおかしいんじゃないかと悩んでて、でもそれは、外発的動機自体がごっそり抜け落ちているからだということに気がつくのに時間がかかった。

 

 自分が自分に納得していないときに。

 

 あなたはそのままで全然問題ないよとか。

 

 なんかひとりでこだわってるようだけど、何のためにやってんのとか。

 

 そういうことを言われても全くピンとこないのはなんなのだろうと思って来たけれど。

 

 これが理由だった。

 

 そのままで問題ないとか、何のためにやってるか分からないとかは、他者から見た私の話だ。

 

 私は、私が問題があると感じていれば、他者が問題ないと感じていても関係ない人間なんだ。

 

 こんなに内発的動機に完全に偏っている人間はあまり居ないのかもしれない。

 

 コミュニケーションがうまくいかないときはこの齟齬が発動しているときが多い。

 

 その特徴に気がつけばよい。

 

 直せないけど、自分の特徴を知っていれば対応の仕方は改善できる。