<4123>「所感(445)」

 3/28、3/29辺りは明確に天国で。

 

 天気も最高だしラグビー観に行くし、歌の練習して皆と飲みに行ったし、みたいな。

 

 4/1~4/5辺り、つまり今週は明確に地獄だった。

 

 熱出て木曜日はほとんど身体動かないし、週末の練習も声死んでるし、もう歌の発表も近いのにこの喉でどうにか行けるんかいな、というような。

 

 なんだこれ、私は平穏な人生を望んでいる。

 

 という宣言にはどっかで嘘が含まれている。

 

 自分が自分でジェットコースターを招び込んでいる部分がある人生。

 

 

 のどを酷使している、ということに段々気がつき始めた(おそっ)。

 

 前々からのボイトレに加えて発表会の練習、それから自主練と、歌う量が圧倒的に増えているのだ。

 

 喉を休ませることを考えなきゃいけないくらいには練習している。

 

 こうやってのどを酷使して、のどをコスコスにしていると、大学生のときのアカペラサークル所属時代を思い出す。

 

 ああ、こうやって、入ったばかりの頃は頑張って音出そうとして喉に無理させて、龍角散ばっかり舐めてたな、常備して練習してたな、とか。

 

 段々力を抜いても音が出ることを身体が知り、上手にサボれるようになるとまあそこまで龍角散も必要じゃなくなる、常備してた方がいいとはいえ、とか。

 

 懐かしい。

 

 今もそれと同じだ。

 

 違うことは、理論を自己流ではなくきちんと習えているので、高音とか低音を広げるのが大学生時代よりも上手になっていること。

 

 

 今喉が死んでて、絶賛落ち込んでいる。

 

 分かりやすく絶望している。

 

 こうやって書くことは基本的にいつ何時でもできるけど、喉は繊細なパアツだ。

 

 ある側面の表現可能性が塞がると、私は明確に落ち込むんだということがよく分かった。

 

 歌手の人とか、こんな繊細なパアツを扱って金もらってる職業の人って、めっちゃ日々こわさと闘ってるんだろうなと思ったよ。

 

 自分の喉の調子次第で、諸々がパアになる危険と常に隣り合わせなのだ。

 

 そりゃケアに神経質にもなる。

 

 私のようなシロトですら、発表会が近いのにこんな喉で大丈夫かいな、皆の練習がパアになるで、という恐怖をうっすら覚えているというのに。

 

 そのこわさが一体何倍になって襲っているんだろう。

 

 人の喉がいつもいい状態でありますように。

 

 早く絶望から抜けたい。

 

 あと、喉が治っても練習で焦って酷使しないこと。

 

 これ大事。