かつて野球をやっていたが。
チームメイトの落ち度とか、そういうのを陰口的にあげつらう場面とか、苦手だったな、ということを思い出すなどしている。
そんなに落ち度が気になって仕方ないのなら、個人競技を選べばいいのに。
幸いにしてそういうものはいっぱいあるじゃないの、と思ったりしていた。
野球みたいのの醍醐味って。
偶然に偶然が重なり、皆がその勢いに乗って、到底ひとりでは起こし得なかった奇跡を、本当に起こしてしまう点にあると思う。
人間の行いのひとつひとつが面白いように連鎖していくあの感覚。
からの大団円。
ああいう喜びは、ひとりでやってたんじゃ得らんないもので。
まあもう今、野球はやってないけど。
例えば歌とか習ってて。
自分ひとりが上手くて、あるいは上手くなってて。
表現の幅が広がってて。
って、それは、純粋に嬉しいし、楽しい。
でも、この前表現者の私みたいなことで書いたのと同じなんだけど、コンプレックスを跳ね返すために見せつけたいとか、皆に上手いと思われたいとかが、なくなってしまった。
別に何も、見せつける必要のあるものはない。
それよりも。
歌って、皆で合わせたら楽しいよね、とか。
楽しくて愉快だから、その場にいる皆で歌い出しちゃうんだよね、とかの、歌の根本に還っていっている感じがする、今。
その方が、自分が上手くなることよりも、よっぽど嬉しい。
じゃあトレーニングは不要かといえばそんなことはなくて。
より十全に楽しむための、トレーニングなんだ。
何かを跳ね返すためじゃない。