<4073>「所感(421)」

 なんかもうパターン知ってる、おもしろくないと思っても。

 

 作品には積極的に触れにいった方がいいな。

 

 それでも何にも思わないってことはあんまりなくて、何かに触発されて何かが必ず出てくる。

 

 だからあんまりおもしろいかどうかを基準に観に行く観に行かないを決めなくていいというか。

 

 必ず何かは出てくる自分という存在をもっと信用しても良いのかもしれない。

 

 んでその作品というか創造界に属するものはだいぶ人間の思い出とか記憶の部分を担ってることが分かる。

 

 あああの映画を見てたのは、この本を読んでたのはあのときあの場所だったなってのはわりと強固に残る。

 

 それに反して現実は、生活部分はそんなに記憶を担ってない。

 

 でもそれは何にも残ってないってことではなくて、むしろ現実とか生活というのは、目に見えない土台部分を担ってる。

 

 足腰としての現実、生活。記憶には残りづらいけど。

 

 

 創造界、物語、夢、イマジナルな世界、想像界と。

 

 現実、生活、事務作業、労働とかは、両輪。

 

 

 

 「本当の」って言い方は、結構そのどちらかの界隈の味方をしがち。

 

 現実のなかだけにあるのが本当だとかで、創造を蔑視したり。

 

 想像の世界の中にだけあるのが正義だとかで、現実を軽んじたり。

 

 そんなことしても意味ない。それらは両輪だから。

 

 どちらもあってはじめて人間がうまく回る。

 

 

 ああ、なんか行くからにはおもしろいものを観に行かなきゃ、みたいなのは書いてて気づいたけど結構ケチな考え方かもね。反省する。

 

 おもしろいかおもしろくないかを判断基準におかない。

 

 なんかありそうだな、で動く。