<4036>「所感(404)」

 小中高で6・3・3ときっちり分けるのっていいな、と片付け、整理の観点から思った。

 

 別に、学ぶことなんか連続しているものなんだから、12年同じ学校でやったって良い訳だけど。

 

 そうしないで、きちっと分けて、場所も変えてっていうように作っておくと、強制的に別れを発生させることができる。

 

 別れるということを学べる。

 

 かつての自分には絶対必要だったけど、もう今はなくてもいいもの。

 

 場所が変わっても、次のステップまで持ち越せるもの。

 

 そういうものを見極める予備訓練みたいになっているのが良い。

 

 

 片付けを、気合や覚悟でやろうとしてもダメだ。

 

 血も涙もないような態度で臨んでもダメだ。

 

 モノには時代が付着しており、愛着がある。

 

 思い出もある。

 

 だから、昔の私にはそれが絶対に、もう絶対に必要だったことをちゃんと認める。

 

 あなたなしでは生きてこられなかったことをはっきりと認める。

 

 そのうえで、あなたのおかげで、私は変化し、進歩したことをも同時に認める。

 

 変化、進歩したことで、もはやそのモノはアクティブでなくなった(もう全く手に取らなくなった)ことを認める。

 

 そして手を振って別れる。

 

 面倒だが、この儀式をちゃんと経過しないと、執着が強いモノとは別れられない。

 

 きっちりと段階を踏むこと。

 

 段階なんて軽くすっ飛ばしがちな私は今段階を踏むことをも片付けから学んでいる。