<4021>「所感(397)」

 正直で生きづらい→生きやすいけど荒れるへの変化。

 

 経験が増えて、すれて、テイを、めちゃくちゃナチュラルにできるようになっている。

 

 若いときとか、経験が足りないときだと、嘘つけないとか、それは正義に反するみたいな思いが先行しちゃうから。

 

 気がなかったり、途中でやめようと考えてると露骨に態度に出しちゃったりしてたんだけど。

 

 オフィシャルな場面では、内心でどう思っていようが、コミットするつもりの態度でいつ何時でも動く、が染みついて、ほとんどノーモーションでどんな場面でも動けるようになりつつある。

 

 テイで動けるから、いろいろなものをナチュラルに、同時に仮にってところで進められるし。

 

 それは誠実じゃないみたいな考えもなくなった。

 

 結果とても生きやすい。

 

 ただ、生きやすいことの代償はあって、それは内部が荒れること。

 

 本当の気持ちではないのに、本当の気持ちかのように振舞うことは、やればやるほど上手くはなるが、しっかりと相手を欺いていることには変わりはなく、そのことで内心は荒れやすくなる。

 

 自分のなかに悪を、以前と比べてはっきりと含むようになった、という感覚。

 

 子どものとき、何で大人があんなに荒れ模様ですり減りきっているのかよく分からなかったけど。

 

 私の言っていること行っていることは本当ですよ、というフリが巧妙に、精密になっていくことの代償としての荒れが多分にあったんじゃないか、と今は思うようになった。

 

 もちろんそれだけじゃないだろうけど。

 

 悪をはっきり内に含んでいるな、という感覚は、それなりに重い。

 

 前までは分からなかったんだけど、毎日酒ばっかり飲んでる人の気持ちが少しずつ分かるようになってきている気がする。

 

 悪人ぶるのは格好良くて一種の気持ち良さがともなうものでもあるかもしれないが、それはそれとして、悪はハッキリと重い、ということは言える。

 

 自分が善人である、という証拠集めに必死になる人の気持ちも分かる。