<4004>「所感(389)」

 頑張るのをやめる、の、まあ類似話。

 

 同じ話と言ってもいいけど。

 

 自分でなくなるのをやめる。

 

 ①やりたい、ワクワクではなく、継続可能性の方をこそ見つめること

 →自分にとって継続可能性のあるものこそが自分という人間に一番近いということを把握する。

 →自分にとって継続可能性があるものは、最初どんなに下手でも結局形になるし、気がついたら勝手にニッチを築けていることを知ること。

 →好きなことよりできることを、みたいな、先人の言っている意味がようやっと分かるようになった。

 分かるようになったってのは、反発しなくなったという意味も含む。

 何言ってんだよ、ワクワクしてこそっしょ、とついこの間までは思ってたけど、ワクワクしてようがしてまいが、自分にとって継続可能性のないものは結局身にならない。

 

 ②モテるモテないが自分に関係ないことを認める

 →外側の規範とか、当為で、モテたいとも思ってなければ、モテてもしょうがない背景を持ってるのに(例えば、好きの極端な狭さ、喋って仲良くなりたい人がほとんどいない、自閉傾向、会った瞬間に相性が分かる自身の特質とか)。

 人間たるもの、男たるものモテようとするべきだ、モテる人間になるべきだ、みたいな意味のわからないムーブをしてて、それら一連が自分という人間じゃなさすぎて苦しかった。

 →セックスの満足とか効果も大分逓減してきたので、もういい。

 全くやらなくなるわけではないだろうが、ここのところ一気に上位の喜びではなくなってきた。

 必要回数が満たされたのを感じる。

 

 ③自分ではなくなる経験もそれなりに必要だったと知る

 →まあ、とは言っても人間は真っ直ぐに寄り道もせず歩ける訳ではないことも知るのが大事。

 というのも、どうみても自分ではない、自分とは違うスタイルでも、実際にやってみなければ、合わないと想像していただけなのか、本当に合わないのかが分からないからだ。

 →それに、明らかに自分じゃないものも、一度はやってみて、潰しておくことで、あとに変な未練を残さなくて済む。

 →だから自分じゃなくなる必要はないんだけど、いろいろ試して、本当に自分じゃないかどうか、遠回りでも確かめてみる意味はあったと言える。

 

 もう分かったからね、痛いほど分かったから。

 

 自分じゃなくなるのを、やめよう。

 

 変に頑張ってないかどうかをバロメーターにして、生きる。