<4000>「所感(387)」

 私という個体はここにひとつしかないのに。

 

 一方で、先々を見据えて淡々と積み重ねていく領域があるかと思えば。

 

 もう一方では、今すぐにこんなものは壊れてもいい、というような破壊的な願望で身体に鞭打ち、引きずっている領域があり。

 

 それが同時並行で進んでいくので。

 

 意味が分からなくて、自分のなかで整合性が取れなくて、それが気持ち悪いというか、ずっと不快だった。

 

 今もちょっとは不快かもしれない。

 

 何やってんの、これ、って。

 

 でももうその矛盾も、段々何とも思わなくなってきた。

 

 それは、答えが分かったからではなく、相当長い時間は掛かったが、それ自体にやっと慣れてきたからだ。

 

 誰か人に向けて、自分はこういうことを考えて、こういうことを積み重ねてきました、と喋るとする。

 

 そういうとき、自分の内部では、どこか後ろめたかったりする。

 

 いや、お前、淡々と積み重ねてきましたみたいなこと、しゃあしゃあと喋ってるけど、その奥ではいつも自分を破壊しよう破壊しようとして動いているじゃない。本当は、いつ終わったっていいんでしょ? 今後も当たり前に積み上げるみたいな顔してさ。

 

 と、思ってしまうから。

 

 でも、矛盾してるけど、人間はそうなんだ。

 

 そうでしかあれない、とすら言えるかも。

 

 先へ向けて生きて、領域を広げ、深めるのと、死へ向かって段々領域が狭まり閉じるのと。

 

 同じ時空間に、別々の矢印を同時に伸ばしている存在なんだから、しょうがない。

 

 矛盾が最初からセットされているんだ。

  

 ここで終わりでいいってのと、ずっと遠くまで行くってのと、そこに矛盾があっても、そのまま積み重ねていっていい。

 

 破壊衝動を感じながら、淡々と積み上げていっていい。

 

 整合性が取れなくて、いいんだ。

 

 人間は、訳分からないものなんだ。

 

 積み上げのことを外へ向けて語るときに、別に後ろめたさを感じなくていい。

 

 感じてしまったなら、それを否定する必要もない。