<3995>「私は日本語をする」

 静かな道がここにあろうとする、、

 私はひとつひとつの種を、、

 あまりにも冷めた眼で見つめるものだ、、

 くぐり抜けに は不思議な脱力と、

 何も愉快なところのない、

 身も蓋もない自己の、

 部分的肯定がある、、

 あたしは数字をはじく、

 行を足す、、

 コウジョウシンヲテバナセ、

 とは、なにだろう、、

 私は日本語をする、

 胸をつく、

 この感覚、

 このたびの、

 旅の名をつけるなら、

 「地獄を見定めるためのもの」

 となろう、

 私はどこで浮かばれ、

 どこで浮かばれないのかを、

 つかまえるための、旅であった、、

 くぐった先の静けさ、、

 お前は、

 私がここに出られると知っていたか、

 黙って、

 私と同じく、

 先の方を見ているけれども、

 その先にまだ、

 しらない空間があって、 

 そこまでもう、

 見えているのかい、

 と訊いてみたい、、

 私が行くまでは、

 出現しない場所だ、

 という気もする、

 私は日本語をする、、

 書くことがあって良かったな、

 途中でふいに、死んでしまっても、

 家族や友達は、

 このまとまりを少し、

 関心にかかわるところに絞り、

 読んでくれたらいい、

 それで少しは落ち着くだろう、

 戦いの意味も知れるだろう、

 このように日々、

 遺言を、

 置き続けている感覚は、

 悪くない、

 先へ、安心して、

 進む力をくれる、、

 泥の真ん中に落ち、

 そこから抜け、、

 身体を払い、

 呼吸を落ち着けたあと、、

 この身体は行くところまで行く、、

 こわいものも、

 こわくないものも、

 一生に行こう、

 そのように思っている・・・