わけわからん。
なんだこれ。
歳を取って、一日一日。
その枚数の重なりが増えてゆくと。
訳が分からなくなる。
俺がいるのは一体いつのどこなんだ。
淡々と生きていくと、人生は不思議だ。
積み重なりが、とっくに私の手に負えなくなっている。
最近の刺される覚悟話で言うと。
こういった類の覚悟を決めるために、良い思いはいろいろしてきたし、やりたいことはある程度やってきたし、人生で一度は何か達成したいと思ったことは達成したし、という具合に、物事をいろいろと進めてきたな、と思った。
刺されないだけ今日はラッキー、というか。
もし刺される、あるいはそれに類似する場面が訪れたら。
まあそのときどう思うかは自分でも想像がつかない訳だけど。
どうして今日なんだよ、とはもう思わないような気はしてる。
ここが最後だったか、残念、ありがとうございました!
とだけ、言えるように準備しておこう。
自由を享受するってのは、多分大袈裟ではなくそれぐらいのことなんだ。
小さい頃から。
お前のプライベートをちゃんと分け与えろ、という要請を、最大限無視してきたのを私は心の底で知っている。
それは明確に、罪の意識になっている。
そうやって、無視に無視を重ねて獲得してきた自由は、血の自由だ。
睨まれるのも当然。憎まれるのも当然。
刺されてないだけ、ありがたい。
大概の人間は皆そうやって、プライベートを誰かに分け与え合って生きている。
それをやらないのも自由かもしれないが。
それは、周りの憎悪を引き寄せる自由でもあって。
いつ葬り去られても文句は言えない類の、希少な自由なんだ。
そういう自由に長いこと居ると、生きていることが年々神秘的な様相を呈してくるようになる。