<3988>「所感(381)」

 わけわからん。

 

 なんだこれ。

 

 歳を取って、一日一日。

 

 その枚数の重なりが増えてゆくと。

 

 訳が分からなくなる。

 

 俺がいるのは一体いつのどこなんだ。

 

 淡々と生きていくと、人生は不思議だ。

 

 積み重なりが、とっくに私の手に負えなくなっている。

 

 

 最近の刺される覚悟話で言うと。

 

 こういった類の覚悟を決めるために、良い思いはいろいろしてきたし、やりたいことはある程度やってきたし、人生で一度は何か達成したいと思ったことは達成したし、という具合に、物事をいろいろと進めてきたな、と思った。

 

 刺されないだけ今日はラッキー、というか。

 

 もし刺される、あるいはそれに類似する場面が訪れたら。

 

 まあそのときどう思うかは自分でも想像がつかない訳だけど。

 

 どうして今日なんだよ、とはもう思わないような気はしてる。

 

 ここが最後だったか、残念、ありがとうございました!

 

 とだけ、言えるように準備しておこう。

 

 自由を享受するってのは、多分大袈裟ではなくそれぐらいのことなんだ。

 

 小さい頃から。

 

 お前のプライベートをちゃんと分け与えろ、という要請を、最大限無視してきたのを私は心の底で知っている。

 

 それは明確に、罪の意識になっている。

 

 そうやって、無視に無視を重ねて獲得してきた自由は、血の自由だ。

 

 睨まれるのも当然。憎まれるのも当然。

 

 刺されてないだけ、ありがたい。

 

 大概の人間は皆そうやって、プライベートを誰かに分け与え合って生きている。

 

 それをやらないのも自由かもしれないが。

 

 それは、周りの憎悪を引き寄せる自由でもあって。

 

 いつ葬り去られても文句は言えない類の、希少な自由なんだ。

 

 そういう自由に長いこと居ると、生きていることが年々神秘的な様相を呈してくるようになる。