私という人間はどんどん強くなる。
血を浴びた回数が増えれば増えるだけ、強くなっていく。
そして、同時にもう戻れないところまで来ている、という弱さも持っている。
いつ刺されてもおかしくはない、という自己諒解。
撤退戦に恋愛との似姿を見た。
私は愛と憎が薄い、あるいは全くピンとこない人間なので、恋愛をしないのだが。
ああ、だめだこの場所、この人、という形で。
冷めたら一気に、一方的に終わらせるその自分の姿を見ると。
もし恋愛をしていたら、自分の別れのパターンというのは必ずこれになっているんだろうな、という変な感慨があった。
もちろんそうするのは自由。
あるタイミングで、ぷつっと冷めてしまった場所、人間と。
一秒でも一緒にいる意味を感じないからこそ、別れは突然で、とにかくはやい。
もちろんそうするのは自由。
でも、相手に巻き返しのチャンスを一切与えず、交渉の可能性も閉ざし、いつもそうやって別れていくのならば。
いつか本当に刺されるかもね。
というか、自分にそういう自由があるように。
相手にも、刺す自由がある。
刺して服役するって道を選ぶ自由がある。
自由とは、だから行使できてただただハッピーってものではなくて。
おそろしいものと対峙する可能性を、どんどん膨らませるものでもあるということ。
それを受け止めて、なおかつ自由に生きていくことが必要。