<3980>「所感(377)」

 塞翁が馬を実感し始める。

 

 上手くいくことの全てに良いことが伴う訳ではない。

 

 決まるから幸せ、決まらないから不幸せ、等は分からない。

 

 期待とか失望なども、あまり意味がない。

 

 期待とか失望、これがあれば幸せなければ不幸せ、的に外部に何かを託すのではなく。

 

 いろいろ自分で試して、身体、生活とかの変化、揺れ、整いひび割れを都度見つめて。

 

 状況を判断し、総括していくこと。

 

 

 良いこととか悪いこととかは、事前に分からなかったり、最中には分からなかったりする。

 

 そういう現実が分かるようになると、あまり結果に一喜一憂しなくなる。

 

 いい結果が出たからその後も間違いなくいい道が続いているかどうかってのは、進んでみなければ分からないことだからだ。

 

 そうするとあまり掬われる落とされるということに対する感慨もなくなってくる。

 

 行ってみるだけ。

 

 行ってみて、判断して、自分でまだまっすぐ同じ道を行くか、曲がるか、判断するだけ。

 

 それだけのことなんだ。