ダブスタとか、ハイコンテキストとか、死ねと思うよ。
本当に、死ね、全部死ねと思う。
あたしはね、「お前のことなんて誰も興味ない、誰も気にしていないから大丈夫」って中学校入る前くらいに教えられて。
それを聞いて、よっしゃ!って思ったんだよ。
周りの人が自分に興味ないとか最高じゃん、ひとりで考えにふけれるじゃん、遊べるじゃん最高じゃん。
って思ってたんだよ。
思ってたんだよ。信じてたんだよ。
そしたらまァ~~~絡まれる絡まれる。
突っかかって来られる。
おい、誰も俺に興味ないって話どこ行ったんだよ。嘘教えんなと思ったね。
そのときは気がつかなかったけど、後々なんとなく分かってきたのは。
誰もお前に興味ないって、普通の人みたいに、自己開示して自分の話きいてほしくて周りに話しかけて。
自分に興味持ってほしくていろいろ試してって人に。
周りはそんなにお前に興味ないんだよって諭す言葉だったんだってこと。
私みたいに、誰もお前に興味ないって言葉を字面のまま受け取って、喜んでひとりの世界にふけっている人間は、逆に質問攻めにあうってことを全く予想できなかった。
これだからハイコンテキストは嫌い。
素直に死んでほしいと思う。
私は国語とか文学とか好きなくせに、ハイコンテキストは大嫌い、というか、上手く受け取れないみたいで。
前にも書いたんだけど。
恋愛ってのは自由なものなんですよ、って言われたら。
またひとりで、よっしゃ!って思って。
自由ならしなくていいってことじゃんね。
最高じゃんねって思ってたの。
信じてたんだよ。
そしたらまあ周りの人は、しないことに対してめちゃ質問するし。
めちゃ一生懸命笑う。
そういう人たちの話を聞いていると分かってくるのは。
自由恋愛の自由には、しない自由ってのが想定されていないってこと。
なんだそれ。
じゃあ最初から義務恋愛って言えばいいのに。
自由恋愛って謳っといて。
よっしゃ!と思って他のことに夢中になってると。
いや、自由っていうのはそういう自由ではないんですよ、と言われる。
何回も。
死ね、ハイコンテキスト。
本当に死ね、訳の分からん。
私はそういう言葉の嘘というか、含みが実はあったんだということを、後から知らされるときが、一番腹が立つ。
何故素直に、本当のことを言わないんだろう。