<3943>「所感(359)」

 現実はグラデーション。

 

 この前、ボイトレのレッスンを受けてて。

 

 声帯を開け閉めする動きが、開けるか、閉じるかの二択みたいになっていて、使い方が柔らかくない。

 

 もっと連続的に、グラデーションで開け閉めを自在に操れる状態を目指そう、という話になったとき、ハッとした。

 

 私よく、死ぬとか命を懸けるとかを好んで使うでしょう?

 

 なんか、人間の生って突然、今日終わるのはまあ事実なんだけど。

 

 一方で、死ぬとか命を懸けるみたいなのって、すごくゼロ百思考だなって思った。

 

 まさに開けるか閉めるかしか選択肢がなくて、あいだのグラデーションを全く使えていない感じ、私という人間そのものだな、と。

 

 味わいがないんだよね。

 

 でも現実って、そんなキッパリ白と黒に分かれていないし、なにか過失があっても、そこで死ぬ訳ではなくて、生ある限り何かをやりながら生きていくのに変わりはない訳だから。

 

 生きるか死ぬかって、かっこうよく見えるけど、よく考えると人生の全体の、その終わりの極限の瞬間だけを、いっつも問題として取り上げているってことになるんだよね。

 

 それはあんまりよくないかも、と思い出した。

 

 それだと腰据えて楽しめないし勉強も、もっと基本的な、生活すらもできなくなっちゃうよ。

 

 と思った。

 

 自分のゼロ百思考、ちょっとへんかもよ。