動作、特に手の動きを丁寧にするとか。
色々な物事を計画的に、周到に準備するとか。
まあ一部やっているけれども、存分にそれに浸かりきれないのは何が原因かと考えていたんだけれども。
おそらく、人間の生の部分、野生の部分を、完全に向こうへ明け渡してしまうような気がして、ずっとその最後のところのブレーキがかかっていたんだ、ということが分かった。
今現在の心境はどうかというと、明け渡しても別にいいじゃん、じゃないけど。
明け渡しによるマイナスよりも、丁寧さ、周到さを存分に獲得できることの方が良いんじゃないか、と思い始めてるところ。
まあよく私が引き合いに出す、吉本さん言うところの、利と毒の話。
存分に丁寧さや周到さに浸かり切ることによる、毒を、受け容れる覚悟。
自分から、野生の部分が失われて、ある意味つまらなくなっていく覚悟。
つまらなくなる毒を被っても、私には辿り着きたい場所や目標が、あるということ。
それは幸せであり、利である。
どちらか良いほうだけを取る訳にはいかない。