<3899>「所感(337)」

 というわけで、電験三種に着手。

 

 良い具合にまた、電気工事の試験を終えた私が、べそかきに戻れそうな難しさ。

 

 何かができて満たされるのは一瞬でいい。

 

 日常のあいだの、ほんの休憩ポイントでいい。

 

 日常自体は、不愉快で、何かが分からなくてべそかいているくらいが、一番良い。

 

 前にも書いたけど、本格的な不愉快中毒なんでしょうね。

 

 何をやってもできることばっかりって、とても退屈なんだよな。

 

 電験三種はちょうど、本当に私にこれが理解できるかね、いやなんとかなるかもしれない、となる、ギリギリのラインをついてきてくれる感じ。

 

 こっから43歳のピークに向けて、ガンっと精力を傾ける価値のある、良い目標。

 

 詩書いて文学に溺れてた人間からは一番?遠い、ちょうど苦手の、今までの専門の外の、良い目標。

 

 本当はピークまでに電験二種までは行きたい。

 

 一種は要らないみたいという話もあったりなかったりするため。

 

 まあ、泥臭くやっていこうじゃないのよ。

 

 しかし不愉快の中毒って不思議だよな。

 

 普通は快に、中毒になるのでないの。

 

 さいちゅうはもう本当やだ、抜け出したい逃げたいって、本気で思ってるはずなのに。

 

 いざ抜けたらまた新たな、今よりレベルの高い不愉快を探している。

 

 どうしようもないと自分に対して思いつつ。

 

 今まで見たことがない景色を運んできてくれるのも、この自分の性質のおかげなので、何とも言えない。

 

 分からん分からん苦しい苦しい、が好きなのか。

 

 それを抜けたときの一瞬の、とてつもない報われ感が好きなのか。

 

 まあ両方かもしれない。