<3886>「所感(331)」

 やる気とか、頑張りますラインでは達人にはなれない。

 

 私の師匠のひとりは森田正馬さんなんだけど。

 

 気分本位ではなく、目的本位であれ、という格言に、近づいては遠ざかり、近づいては遠ざかりを繰り返している。

 

 誰かが、進歩は直線ではなく螺旋状に進む、と言っていたけれど、そういうことなのだろう。

 

 一直線には理想に近づけない。

 

 やる気/頑張りますラインに偏るのは、どうしても元気があるから。

 

 元気に頼って、うぉーっと己を燃やして物事を前に進ませるのって、その瞬間だけは楽なんですよね。

 

 だから使っちゃう。

 

 でも、全く持続性がない。

 

 持続性がないだけならいいけど、反動があるのが厄介。

 

 んで、さらに難しいのが。

 

 やる気/頑張りますラインをおりると、簡単に士気が下がってしまうことで。

 

 どうしたもんかいの~と日ごろ考えているんだけど。

 

 最近は、疑問/仮説形成→検証訂正ラインで動くよう試みている。

 

 全てをこのラインに投げ込む。

 

 疑問や仮説って、中性的というか。

 

 やる気でもやる気なしでもないところで、回せるものという感じがして、今のところいいよって感じ。

 

 透明なポジティビティのなかにおれるというような感じ。

 

 それで思い出したんだけど、昔は、いわゆる科学者的な、冷静な存在の仕方に、人間の冷たさみたいなものを見て苦手だったんだけど。

 

 やる気を押し出して失敗するということを自身で重ねると、そういう人たちへの印象が変わってくる。

 

 そういう冷静な存在の仕方が、やる気/頑張りますラインでぐいぐい押していくことの限界を知った人による、誠実な生きる態度のひとつに見えてくるようになった。

 

 またこっから何回も後退して、やる気に何度も頼るだろうしそのたびに失敗するだろうけれど、それでいい。

 

 失敗の回数分、冷静かつ透明な、達人の境地に近づいているはずだから。