<3862>「所感(319)」

 何度上手いこと避けようとしても。

 

 結局同じ道に戻って来るな、って感じる場面って、生きているといくらかあって。

 

 そうか、もうここを行かなきゃならんのね、どうあってもね。

 

 よし、行くか。

 

 ってなるまでは、何度も違うところへ動いていいし、何度も回避して良いんだと思う。

 

 というのも、結局戻ってこなならんのか、同じ道に、っていうのを腹の底から承知するためには。

 

 なんか抜け道あるんじゃないか、他の道があるんじゃないかって、実際に回り道してみるしかないからだ。

 

 実際に回り道してみて、結局そんな抜け道なんかなかったと、身体で悟るしかない。

 

 主体性、積極性、当事者意識。

 

 私がいつも受身で居て、ひょっとしたらこのままその姿勢で避けきれるんじゃないかと思ってたけど、そうではなかったこと。

 

 どこかで、苦しいまま、正面から受け止めなければならなかったこと。

 

 主体性も、積極性も、当事者意識も、広く言えば同じこと。

 

 それは、私が、世界に向けて働きかけるということ。

 

 この運命から、私は結局逃れられなかった。

 

 だからここで、受け止める。