<3850>「所感(313)」

 大人になるって、生物的に一回死ぬってことなのかもな。

 

 あの、人間だから実際には生き延びるんだけど。

 

 こう、まぐわうでしょう。

 

 んで相手も盛り上がってこっちも盛り上がってって末に果てると。

 

 ああ、もう俺の生物的な仕事は終わったな。

 

 もう本当満足です、ありがとうございました、となって一回生物的に死ぬんだ。

 

 カマキリのオスとか、ミツバチのオスとか、事を果たしたら死ぬでしょう。

 

 実際には人間は死なないんだけど、なんか感覚的にものすごい近いんじゃないかって気がしてる。

 

 これは自慰でものすごく気持ち良くてもこの感覚にはならないから不思議。

 

 

 これだけよい経験をして、気持ちよくなりきって、生物的に一回死んだような状態になると。

 

 もちろん殺されるとか嫌だしこわいし、死にたくはないけど。

 

 実際なんか不慮のことで今死にましたってなったとき。

 

 俺がどうやって、何に対して文句を今言えるだろうかね?

 

 って気持ちになってる。

 

 完全に果てきって、楽しみ切って、生物的には一回死んで。

 

 これからもまだ意欲的に生きるけど、今死んだって文句は言えないよな。

 

 って状態になってはじめて、俺が俺がを抜けて、次代に楽しみを気前よく明け渡せるというか。

 

 そこではじめて大人になるんじゃないだろうかって気がした。

 

 

 性が遅かったのは、大人になりたくなかったって部分が大いにあったんじゃないかって気がしてきた。

 

 それから、自分が、ある意味自分を超えて策略的な部分を持っているな、と思うのは。

 

 性を早めていたら多分、ものを10年書くってことをしてないだろうなというところで。

 

 それが何故か早いうちに分かったから、丁寧に避けてきたんだな。

 

 怪物の欲望はこわい。

 

 これからは人物になろう。まあそれはいいとして。

 

 

 例えばうわさでしかきかないけど、歌舞伎役者さんとかって性がものすごく早かったりする。

 

 それは色気を出すためでもあるかもしれないけど。

 

 生物的に早めに一回死んで、さっさと死んで、家を早くから担わなきゃならんという環境も関係してるんだろうな。

 

 などということを考えた。