「私は小さい頃から不安だった、家に心の居場所がなかった」と意識することである。
(中略)その理解なくしては、本当には立ち上がれない。
自分の小さい頃からの行動の動機はすべて不安だったと理解する。劣等感だったと理解する。小さい頃からの行動の動機はすべて欠乏動機であると理解する。それが不安を積極的に乗り越える「意識領域の拡大」である。
「自分とはこういう人間だったのか」と正しく意識することで救われる。それが自己実現のスタートである。
『劣等感はあなたのせいではない』(p187)
「ああ、自分は誰とも心がふれあっていなかったのだ」と感じる。そしてそれを認める。
(中略)そして何よりもそれを恥じない。自己否定をしない。
心がふれあえないような人間になる環境の中で成長してきたのである。それは自分の責任ではない。
『同上』(p185~186)
これね、ものすごいこと書いてあるよね・・・。
ちょっとものすごい・・・。
何で私のこと知ってるの、と思うと同時に。
あ、自分では気がついていなかったけど、言われてみれば全部そうだったんだってことが、ストレートに、簡潔に書かれていて、ものすごい。
流れた血の匂いすら感じる文。
実際に乗り越えてきた人の苦労と重みを痛いほどに感じる文。
本の中で繰り返し書かれているのだが、抜き難い劣等感は所属感の欠如なんだと。
所属感の欠如のオンパレードの人生だったと言っても過言ではない。
自分は何のメンバーでもないという感覚。
どこの仲間でもないという感覚。
事実とは違うんだよ。
でも感覚はずっとそうなんだ。
それで、引用じゃないけど、それは心がふれあえない環境で育ってきたってことなんだって。
いやあ・・・。
いやあ・・・。泣いてしまうよ。
でも、その認めたくない一点を認めることから、本当に立ち上がることが始まるんだって。
はあ・・・。
不幸だったんだね、ずっと認めないように、半ば離人的に自分をして、ナルシシズムも駆使して(本の中ではナルシシズムの話も出てくる。やっぱりかと思った)、凌いできたけど、やっと素直に認められるタイミングがきて、それが今だったんだ。
時間かかったなあ・・・。
はあ、脱力しちゃうよ。
良かったねえこの本に出合えて。
加藤諦三さんにはどっかで出会うという予感はしてたんだけど。
タイミングが今だったんだね。