<3718>「所感(249)」

 自我を薄めなきゃいけないと。

 

 自我をなくさなきゃいけないと。

 

 社会でやっていくためにはそれが必要だと。

 

 そうでなきゃ社会でやっていかれやしないと。

 

 漠然と思っていた若い頃だったけど。

 

  

 どうも最近はそのことで悩まなくなった。

 

 自我が薄まったのかな。

 

 まあそれもあるかもけど、それよりは。

 

 社会とか公共の場とかで、私はひとつひとつ別々のロールを引き受けているのだ。

 

 ということがシンプルに受け容れられるようになったことが大きいかもしれない。

 

 若いときはなんか記事とかを読んで。

 

 若者がキャラを押しつけられるのがつらいみたいな悩みを吐き出してるのを見て。

 

 あんまぴんとこなかった。

 

 別に自我を押し通せばいいだけじゃん。

 

 周りの人間なんか人間とも思わず無視しときゃいいじゃん、と。

 

 まあ過激に言えばそう思ってたけど。

 

 今は別に。なんとも思わずひとつひとつのロールを受け容れている。

 

 んで、ロールは場所によっても、時間の経過によっても変化する。

 

 例えば新人の頃には新人の頃のロールがあり。

 

 中堅には中堅の、ベテランにはベテランのロールがある。

 

 自分は徐々に修正しながらそれに乗るだけじゃんって。

 

 自我とか関係ないじゃんって。

 

 分かってきた。

 

 まあ自我は書くという中心で発揮し続けてるからもう十分にそこで満たされているのかもしれない。

 

 

 例えば会社の偉い人がそのまま他のお店とかでも威張るみたいなのはただのロールに自我を乗せちゃってるというミスなのでこれは人生中ずっと付きまとう難しい問題ではある。

 

 今克服したから終わりってことでもない。

 

 ただ、今のところ、新人の立場で反発すべきじゃないときとか。

 

 前までは自我が邪魔して怒っちゃったりしてたけど。

 

 今はそれら一切が社会上のただのロールであることが身に染みているので淡々とそのまま流れていられる。