自分を使って使って、死んだようにカラカラにすることって大事だよな。
出し惜しみはよくない。
一旦カラカラになって死んだようにそこらへんに倒れてたり眠ってたり。
そういう時間をある程度経て、またそのカラカラのところに気が充填されてくるというか。
一番それが大事だというのを実感してたのは、学生時代に部活をやっていたときだけど。
今の職業生活もほとんど部活に近いような感じ。
使って使ってすっからかんになればなるほど、また再び出てくる量も多くなる。
アウトプットも同じだな。
これを全部出しちゃったらもうあと何にもないんじゃないかって恐怖は別にあったままでいいけど。
それはそれとしてどんどん出しちゃう。
盛んなる泉のイメージ。