喋っているときも、喋っていないときも、気持ちよく風が通る道を、自分から他人に向けて伸ばしているイメージを持つ。
そうすると、喋っていないこともそんなに気にならないし。
急に会話が始まっても、また急に終わっても、全く問題ないという状態を作れる。
相手の人は自分がそういった通路を設けていることに気がつかないかもしれないが。
自分がオープンであり、居ることに安心していることがまず大事だ。
「会話と対話」っていうカテゴリーを、細々と作ってきたのは、やっぱりどっかで気になって仕方がないんでしょうね。
特に会話。
絶対に社会を円滑にやっていくために必要だってのが分かるって部分と。
心の底では、全くひとっことも話さないで平気である部分とが、自分の中で混在しているから。
人間が会話するってことが気になって仕方がないんだと思う。
あとはそうだな。まあなんか人に会ったときに、人がこういうの言われたいってのに、あからさまではなく、さりげなくリーチできるといいかなあとここ数年はぼんやり思っているよ。
あからさまだと、わざとらしすぎ戦略すぎで逆に上手くいかないからね。
なんでさりげなくリーチしたいかと問われれば、その方が盛り上がるからってだけなのだけど。
そうやって盛り上げようとしてる感があんまり伝わると、相手の人は笑ってるけど実はリラックスできずに疲れているって場合も結構あるので。
ベースは柔らかさ。