嫌でも気にしちゃうだろとか。
意識せないではいられないじゃないかとか。
ずっとそう思ってきたはずなんだけど。
どうも、最近は意識すること、感じることとかを選べると思うようになってきてる。
これはなんなのか。
例えば、嫌なことを言われる。
→心の中で反発する→自分の言い分を考える→心の中で言い分と言い分を戦わせてずっとむかむかする、みたいな。
そういう、結局無駄だったけど今に活きているという意味では無駄ではなかった思考の反復を何度もしてきて。
それで、その回路を動かすことに何の利もなければ喜びもないという事実が身体に染みついてしまったため。
例えば今、嫌なことを言われて。
→嫌だなと思う→反発の回路が動きそうになる→あれ?これってなんか自分の助けになりましたっけいやなってないよなと即座に気づく→嫌だなと思ったところで終わりにする→嫌だなと思ったことも忘れてしまう。
のような動きに変化している。
そんなこと言われたら意識せずにはいられないじゃん、から。
そんなこと意識してなんか益あったっけ、ないからやめよに移ったから。
意識とか感じることとかを選べると思っているこの頃なのかもしれない。