<3646>「所感(215)」

 ラップのリアリティ。

 

 ラップはリアルを歌う。だから共感をよび、支持される。

 

 確かに、その人の本当の個性というか、生活信条が出ている歌詞もちゃんとある。

 

 一方で、外側から見て、良いなあと思う、いわゆる隣の芝的なイメージだけを膨らましたような主張が、俺の、俺たちのリアルだと謳われてることもあって。

 

 そこが結構前々から違和感がある。

 

 いわゆる、美女を抱く、それも他人の彼女であることが多い、稼げるお金の額が増える、良い車に乗っている、みたいな。

 

 まず、誰も彼もどっかでこういう表現を入れ込んでいる、この現象自体に個性がない。

 

 それから、私はそっちの方がリアルだと思うんだけど、そういう立ち位置を得たらその人が内的にどう感じたかの方が重要ではなかろうか。

 

 その立ち位置を得たら、外から見ていたときに比べて何も感じられなかったとか、確かに良い刺激だったけどやっぱりどっかで慣れてそれ自体には何も感じなくなるとか、逆に外から見ていたとき以上にハマってしまった、とかのリアリティは歌詞に乗らない。あるいは、隣の芝的な煽りに比べて歌詞に乗りにくい。

 

 それでも多用されるのは、そういう歌詞を入れていく方が商業的に強いとか、そういうのがあるのかもしれない。

 

 別に本人が望んでなくても、プロデューサー的な人がそういうラインを2、3は必ず入れるように指示するのかもしれない。

 

 商売だから全部が全部リアルだと商品としては売れないから、まあ分からないけどそういう事情がある可能性はあるよね。

 

 美女にしろ、お金にしろ、車にしろ、そういうエッチなものっていうのは人に訴えかける力が強いのは強いんだけど、表現が強いものだけに収斂していけば表現自体は死ぬというなんとも難しい問題。