<3642>「所感(213)」

 経験を積んで慣れが生まれたり、感動が減ったりしていて。

 

 そのおかげで今までさんざっぱら張っていた緊張の糸が切れて。

 

 自然体に近づいたかもしれないと思う今日この頃。

 

 自然体に近づくと、三つ子の魂というか、そういうものが強く意識されるようになる。

 

 小さいときから、ずっと変わらないもの。

 

 私がこれだけ詩に近いのは、言葉がすっと通ることに対する強烈なイラつきが根底にあるのだと思う。

 

 幼き日の、適当にしゃべって上手く行きすぎた経験や、両親が、自分たちの関係をよそに、どういうつもりで人間交際のことを良いことのように語るのかが分からなくて混乱した経験が、私の核に刺さったままでいる。

 

 言葉に対する、お前は嘘だという意識。

 

 お前が俺を嘘だと言うなら、俺の方だって徹底的にお前に背いてやるという、言語の反撃。

 

 そういう争いの世界のなかに居続けている。小さいときから。

 

 ものが続く、それも相当な年数。

 

 これは、希望だけでは賄えない。

 

 言葉を、どこかで許せないという感覚。

 

 私は良い言葉を並べて、良い言葉を並べた通りの結果が相手から帰ってきて、がっかりすることがよくある。

 

 言葉が素直に仕事をして帰ってくることに対する苛立ち。