<3622>「所感(203)」

 課題の分離が身体に浸透するのと連動し、期待も持たなくなった。

 

 それは、頑張らないとか勉強を進めないという意味ではなく。

 

 頑張った結果、勉強した結果、こういうものが得たいとか、得られるはずだ、みたいな思いがなくなった。

 

 何かが先で得られるとか、得られないとか、そんな期待とは関係なく、やるべきことは、やるだけであるということ。

 

 アクセスし続けること。

 

 居続けること。

 

 それが全てであることを理解した。

 

 

 他人に対しても、こういうふうにしてくれるはずだ、とか、こうしてくれたらいいのに、とかをほぼ思わなくなった。

 

 その人はその人の事情でそのように、現象しているだけなのだ。

 

 それが理解できると、なんでだろう他者に対してこうしてああしてと期待を持っていた頃よりも、むしろ今の期待のない状態の方が純粋により興味を持てるようになった。

 

 現象してるだけと気づいてからの人間の動きは面白い。

 

 こうしてああしてくれは、矢印が自分に向いているだけだものな。

 

 それが緩和されて相対的に他者への関心にひらきつつあるというか。

 

 だ。