<3616>「所感(200)」

 穴を埋めていく不幸さ。

 

 穴は埋められないと知る不幸さ。

 

 

 ちょっと前まで、本を読む行為にも、どこかへ行くことにも、常に焦燥感がつきまとっていた。

 

 今から新しい本を読みさえすれば、新しい場所に行きさえすれば、私の現実は大きく変化する、と期待していたために、それは起きていた。

 

 だから次を早く読まなきゃ、次の場所に早く行かなきゃ、と。

 

 しかし今、その焦燥感はもうない。

 

 そうやって次々に新しいもの新しいものと焦っても、穴を全て埋めることはできないことに、身体で気がついてしまったからだ。

 

 穴は沢山あるからとかそういうことではなく、新しいものに手を出そうが、知っているものをさらに深めようが、穴というものは、完全に塞ぐことができない性質のものであることを知った私の日常は、穏やかだ。

 

 しかしつまらない。

 

 疾走感がない。

 

 何かを取り返そうとか、埋まらないものを物で埋めようとか、そういう欲望で本を沢山買い込んでいた部分は正直あって。

 

 でも、いくら集めても何も埋まらなかった。

 

 つまらない。

 

 つまらない。何をしてても。

 

 こんなにつまらないと感じているのは本当に中学生とか、その時ぶりぐらいかもしれない。

 

 期待がないから、全てが着実である。

 

 そして全てが着実であることには、絶望的に面白みがない。

 

 今はそれで悩んでいる。

 

 というか、悩むという行為自体がものすごくひさしぶりなように感じる。